目が覚めたら見知らぬ場所でした……なんて、今どき安っぽい大衆向け演劇でも見ないだろうに。
「………は?」
「?」
奇妙な部屋だった。
大人ふたりが寝転んでもなお余裕がありそうなサイズのベッド。
潤滑剤やいかがわしい本、沢山のタオル、卑猥な玩具がこれでもかと詰め込まれたサイドボード。
まるで溶接でもされたかのようにがっちりと閉まったドアに、いくら耳を押し当てても外の様子がまるで窺えない壁。
窓や換気口の類はひとつもない。
そして、壁にちかちかと浮かぶ桃色の文字。
『♡♡セックスしないと出られない部屋♡♡』
「だめだね」
グリットディバイダーを振り抜いたコノハがぽつりと呟く。傷ひとつない白い壁は変わらずそこにあった。
装備や荷物袋がそのまま残されていたことにひと安心したのも束の間。
三次職の強力なスキルも、鍛え上げられたアカシックウェポンも、発動すれば肉体の衰弱と引き換えに一騎当千の力を発揮するピアスさえも使ってみたが、どれも役には立たなかった。
「どう?」
「なんか、手応えがない。おばけかなにか斬ったみたい」
「そっか……疲れたろ。ちょっと休んどきな」
「うん」
左耳から黄石のピアスを外してやると、コノハは半ば崩れ落ちるように床に座り込んだ。
このピアスは強力だが、着用者の体力を酷く奪う。緊急事態なので仕方なく持ち出したが、本来はあまり使わせたくない代物だ。
「どうしたもんかね」
隣に腰を下ろし、ぐったりと傾いだ身体を支えてやる。今の一撃で壊せないのならいよいよお手上げである。
自分達にこれ以上の破壊力を出せる攻撃手段はない。
この部屋で目覚めてから数刻、共に閉じ込められた相棒と協力して思いつく限りの方法を試したが、その全てが失敗していた。
「うーん、あなほってみる?」
「それさっきやっただろ。床も天井も同じだったじゃん」
「じゃあ、いちど死んでみる」
「ナイスアイディア…と思ったけどここが冒険者の加護が効く場所かわからん。街の中だったらまずい」
「だれかくるのをまつ、とか」
「お前、助けに来てくれるようなアテあるか?」
「じゃあ、セックスっていうの、する?」
「セックスしないと」出られない部屋。
誰と誰が?なんて聞かなくてもわかる。今この殺風景な部屋には自分と彼の2人だけしかいないのだから。
籠城を決め込むにしても、今日は街の外に出るつもりはなかったため、荷物袋に携帯食料や飲み水の類はほとんど入れていない。
そもそもこの部屋に空気はきちんと供給されているのか、それすらも危うい。
この部屋に自分達を閉じ込めた何者かに従うのは癪だが、本格的に何かが起きる前に手を打つべきなのは確かだろう。
『用心はしすぎるくらいで丁度いい』『鉄は熱いうちに打て』は冒険者の鉄則である。
顔を上げると、大きな瞳がこちらをじっと見つめていた。いつも通りのぼんやりとした無表情だが、疲労で頬が少し上気している。
長い前髪がくしゃりと乱れていることに気づき、直してやろうと────否、あるいはそれ以外のことをしようとしたのかもしれないが。
そのまま吸い寄せられるように手を伸ばし、
「でも、セックスってなんだろね?」
「そ、そこからか〜〜〜い!!!!!」
思わずデカい声が出てしまった。
だって同い年の男に「セックスとは何か」なんて聞かれることはそうそうないだろう。
男なら、そういうのは思春期に入れば自然と興味がムラムラ湧いてくるんじゃないのか。
街の本屋のそういうコーナーをこっそり覗き見したり、友達の兄貴あたりから面白半分で教えてもらったりして大人になっていくんじゃないのか。
「お前なぁ!意味もわかんないのにセックスする?とか言うんじゃない!俺が悪い奴だったらどうする!」
「ごめんなさい〜…」
溜息をつく。失念していた。
(自分の知る限りでは)誰かとそういう関係になる前に心を壊してしまったからなのか、恐らく今のコノハには性知識がほとんど無い。
当然セックスなんて知らないし、下手すれば自慰すらも知っているか怪しい。
身体は大人なのだから、理解していなくても欲はあるだろう…とは思うのだが、自分も無意識にそういった話題を避けていたように思う。
「あー…せ、セックスってのは…その、なんだ。つまり生殖行為のことだな。男と女が繋がって、赤ん坊を作る。」
「あかちゃんを?」
「そう。お前も、お前の父さんと母さんが…まぁ形はどうあれ、セックスと呼べる行為をしたから産まれたってことだ。」
「ふーん。それはどうやるの?」
「口で説明するのって難しいな……」
それからベッドの上に2人して座り込んで、性教育の授業…もとい、セックスの講座が始まった。
「疲れてる時とか朝とか…ムラムラしたらほら…その、こう上向く時あるだろ。あれ」
「村々?」
「こう、なんかさ…じっとしていられないというか、腹がむず痒くなるというか………あ〜〜!わかれよもう〜〜〜!!!」
サイドボードからなるべくマイルドなエロ本(純愛系)を引っ張り出し、刺激が強すぎないページを捲りながら探り探り説明していく。
性器をなんと呼ぼうか迷った末、格好つけて「ペニス」と呼称したらなんだそれは?という顔をされたのでおちんちんに言い換えた。なんだこの羞恥プレイは。
「……みたいな感じなんだけど……わかった?」
うろ覚えの知識を元に、四苦八苦しつつもひと通り話し終えると、コノハはふむふむと神妙な顔をした。
「なんとなくわかった…かも。でも、おんなのひとがいないよ?」
「あー……いや、するのは別に男女に限らないんだ。男同士とか女同士でもできる。使う穴…いや、場所が変わるのと、子供はできないけど」
同性…男同士・女同士でのセックスというのも確かに存在している。冒険者の付き合いの中で、そのやり方についても教えてもらったことがあった。
異性間でのセックスは、どれほど気をつけていても妊娠の可能性がある。
欲を満たしたいが、妊娠して冒険者ができなくなるのは困る。
旅の相棒とはそういう仲ではないし、その類のサービスを受けられる店に頻繁に通えるほど金銭に余裕もない。
出先で後腐れなく、金を掛けず、かつ手っ取り早く…となると、都合のつく同性を求めるのはその日暮らしの冒険者達の間ではさほど珍しいことではない。
自分は行ったことはないが、夜の相手を探すための社交場も存在していると聞いた。
「なら、ぼくたちもできる?」
「……まぁ、できる、できるけど…相手が俺で本当にいいのかお前……」
自分はもうこうなったら何でもやってやるしコノハと一生一緒にいるくらいの覚悟を決めているが、性行為となると少し、いやかなり話が変わってくるのではないだろうか。
そもそも精神年齢が幼い子供とほぼ同然の今の彼とセックスしてしまって大丈夫なのか。
ともすれば性的虐待に……いや身体は大人なのだからそうはならないのか。
ぐるぐると目まぐるしく思考と表情を変える俺を見て、目を瞬かせたコノハがことんと首を傾げた。その仕草がまるで子供なので余計に混乱する。
「しないとここから出られないんでしょ?」
「それはまぁそうなんだけど……初めてだろお前。本当は、こういうのはちゃんと大切に思ってる人とするものなんだぞ。」
「はじめてだとなんかちがうの?」
「いや記念というか一生の思い出というか……」
かつて酒場に行けばワンナイトの相手を漁り、彼女もセフレも取っ替え引っ替えしまくっていた自分を棚に上げて何を、と思うが、どうにも彼のことだと過保護になってしまう。
できれば初めては安全な場所で、幸せな記憶として終えてほしかった。残念ながら、状況的にその相手は自分になりそうな訳だが。
コノハは合点がいった、という顔でこくこくと頷いた。
「ぼく、キールのことちゃんとたいせつだと思ってるよ?そしたらきねんになる?」
あぁ、と思わず額を押さえる。
やっぱり何もわかっていない。だから、目の前で困っている俺を助けるためだけにセックスなんていうよくわからないものによくわからないまま身を差し出そうとしている。
壊れた頭では友愛と敬愛と性愛の違いもろくに理解できないくせに、一方でその危うさを愛おしいと思ってしまう自分も、きっとたいがい毒されている。
「さっきの本も見ただろ、あんな風に身体に触るんだぞ。お前触られるの苦手だろ」
「キールにならへいきだよ。いつもさわってるもん」
「…お前が、自分でも触ったことないような場所とか、痛いところとか、恥ずかしいところとか、そういうの全部触られるんだぞ。お前が怖いな、嫌だなって思っても、やめてってすぐ言えないかもしれないし……言ってもやめてもらえないかもしれないんだぞ。」
「うそ。そんなふうにするつもりないでしょ」
あまりにも無防備なので、少しだけ怖がらせてやろうと思ってついた嘘はあっさりと見破られてしまった。
ぐ、と何も言い返せずに黙り込んだ俺の顔を、コノハがぴょこんと下から覗き込んでくる。
「やる?セックス」
「…後で後悔するなよ」
華奢な肩を半ばやけくそ気味に抱き寄せた。
「……ぜんぶ入った…けど、大丈夫か?」
スタンダードな正常位で(後ろからの方が力を抜きやすくて楽だとは聞いたが、どうにも怖がられたのでやめた) 覆い被さった下で、小柄な身体がぶるりと震えた。
つい流されてしまったが、そもそも同性の友人相手に勃つだろうか。
まぁ無理だったら目を瞑るか、サイドボードのエロ本でも片手に…と最低なことを考えていたが、どうやら余計な心配だったらしい。
弱々しくシーツに擦り付けられる頭とか、声を抑えるためにシャツの胸元をぎゅうと握り込む手とか、怖いから顔が見たい、と遠慮がちに裾を引く仕草とか。
そういうわかりやすく性的だとはとても言えないものに、何故かどうしようもなく煽られてしまった。
(雰囲気に呑まれたかな)
直接的な刺激もないのに興奮が止まらないなんて、妄想に夢膨らませる童貞じゃあるまいし。
しかも相手は手足も胴も痩せぎすで、その上どこもかしこも生傷や古傷だらけ、柔らかいところなんてほとんどない。
今まで抱いてきた女性の豊満な肢体とは全く違う、貧相な身体の男だというのに。
「ゔゔー……」
「スゲェ顔だぞ」
「さっきのほんのひとみたいにきもちよくない……」
「そりゃ初めてで、しかもそっちじゃなあ……痛い?いったん抜こうか?」
「あ、だ、だいじょうぶだよ。だいじょうぶ」
慌てたように首を振ったコノハの額に浮いた汗を、伸ばしたシャツの袖で拭ってやる。
結合部はぎっちりと締め出されそうな程狭く、ナカはみちみちと粘っこく絡みついてくる。
正直めちゃくちゃに具合が良いので今すぐにでも動きたいのだが、はふはふと浅い呼吸を繰り返している彼には酷だろう。
よくわからないから好きな方をやっていいとは言われたが、体格差を考えるとやはり逆の方がよかったかもしれない。
俺も、セックス自体が初めての奴に突っ込まれるのは普通に怖いので提案に乗ってしまったが、自分よりも遥かに薄っぺらい胸や腹がぴくぴくと波打つのを見ていると不安になってくる。
「あー……なぁ、そろそろ動いてもいい…?」
「うん、だ、だいじょぶ……」
「無理そうだったら早めに言えよ」
それでもようやく呼吸が整いはじめ、強張った下肢から力が抜けてきたのを見計らって、ゆっくりと浅い抽送をはじめた。
見様見真似ではあるものの、時間をかけて丹念に解したし、潤滑剤もたっぷりと(部屋の主への腹いせも兼ねてそれはもうたっぷりと。おかげでベッドは悲惨な有様になった)使ったため抵抗感は少ない。
挿入している俺としては、熱くて狭い肉の筒に扱かれているだけで充分気持ちが良いのだが、受け入れている側の彼は、さすがにまだ快感を得るのは難しいらしい。
ぱちゅ、ぱちゅ、とスローペースに響く水音に合わせて揺さぶられながら、困っているような、怯えているような複雑な表情を浮かべていた。
「……あの、ね、ねぇ、きーる?」
「うん?」
このまま適当に腰を振りたくって、俺がさっさとイけばセックスだと認定されるのだろうか。
扉はまだ開く気配がないので、もう少し先まで行為を進めなくてはならないのだろう。辛そうなので早く終わらせてやりたい。
そんなことをぼんやりと考えていると、羽織ったままだったシャツの裾がくん、と弱く引かれた。
キツくなったかな、と動きを止めて覗き込む。
「どうした、しんどい?」
「あの……ちゃんと、できてる?ぼく、ちゃんとせっくすできてる…?」
「は、」
「まちがえてない?キールのじゃまになることしてない?」
何を。一瞬思考が停止する。
きょどきょどと縋るような瞳と視線がかち合ったが、焦点がぼやけている。
呼吸が少し浅く速いのは、きっと腹の異物感のせいだけではないのだろう。
「………うん、できてるよ。上手」
「ほんと?うまい?」
心底安堵したようなふにゃふにゃの顔で笑うので、なんだか堪らなくなって冷たい汗に濡れた頭を撫でてやる。
抱く前から、少し様子がおかしいことには気づいていた。
ベッドしかない狭い部屋に2人きり、という状況が思い出させてしまったか、痛い思いをさせたくなくて念入りに準備するあまり無言になっていたのがいけなかったか。
もっと気を遣ってやるべきだった、と心の中で歯噛みする。
「つ、つぎ、はどうすればいい…?」
「…次?」
「ちゃ、ちゃんと、ちゃんとやるから」
シャツの胸元を握りしめた指が震えていた。
自分はどうしたらいいのかと視線を彷徨わせる姿に、かつてあの狭い部屋で過ごした日々を思い出す。
こちらの機嫌を窺って、向けた言葉や視線に怯えて、2人で住んでいる部屋のはずなのにいつもひとり隅で小さくなっていた。
割れた窓の前からこちらを振り返った、虚ろな血塗れの顔と空っぽの瞳がいまだに忘れられない。あの夜から、彼はずっと壊れたままだ。
「…だいじょうぶ。焦らなくて大丈夫だから、ゆっくりやろうな」
ちりちりと焦げ付くような苛立ちを感じながら無理やりに作った微笑みは、きっと酷く不恰好なものだっただろう。
それでも、コノハはそれを見て安心したように息を吐いた。
強張った身体を宥めるように、薄い腹を撫でてやる。
指先がいつかの傷痕の薄くなった皮膚を掠めて「あ、」と小さな吐息が漏れた。
「コノハ、俺さ」
「うん」
「セックスの時、わりと相手に尽くしてドロドロに甘やかしてやりたいタイプなんだよね」
「え、?」
「というか、やっぱこういうのって2人でやることだからさ。片方だけが気持ち良かったり、片方だけが我慢したりとかそういうのってちょっと違うと思うんだよな」
「う、うん。ごめんなさい、ぼくわかんなくて…そうなの?」
「そうなの。」
喋りながらシーツの窪みに溜まっていた潤滑剤を掬い取り、腰を揺すりながら性器ににちゃ、と絡み付ける。
糸を引くそれをそのままぐちぐちと上下に扱いてやると、虚ろに天井を眺めていたコノハが慌てたようにがばりと上体を起こした。
ただでさえ大きな目が、どんぐりのように真ん丸になっている。かわいい。
「っあ!?や、まって、そ、それ、それ、なに…?」
「ここ、気持ちよくない?」
「あ、ぁ、まって、わか、わかんない……おなか、ぞわぞわする」
「あー大丈夫大丈夫、それが気持ち良いってこと」
「ぁ、ひ、っなに、なに…?やだ、こえ、」
「声?出していいよ」
背を丸めて縮こまっていた上体を再びシーツに押し戻し、シャツの胸元を握り締めていた手を掬い取る。
指を絡めて縫い止めると竦んだように肩が跳ねたが、相手が俺であることを確認するとくたりと力が抜けた。
「こ、こえ、だしたほうがいいの?」
「んー…気持ち良かったら、ちゃんと気持ち良いよって言ってくれた方が嬉しいかな、俺は。」
「そう、なの?じゃあそうする」
「あと痛かったり苦しかったりした時は我慢しないで言ってほしいし、イったら教えてくれると興奮する」
「いく?いくってなに?」
「わかんないかー…なんて言えばいいかな……気持ち良いのてっぺんのこと。できそう?」
「うん、うん。わかんないけど、がんばる」
母親の言いつけを聞かされている子供のように、コノハはこくこくと勢いよく何度も頷いた。
なんだかうまく利用しているような罪悪感はあったが、次第にぽろぽろと小さな声が漏れ始めたので良しとする。
今までは男の喘ぎ声なんて聞いても萎えるだけだと思っていたが、上擦って掠れた泣き声も、舌足らずに名前を呼ばれるのも腰に重く響く。
なにより、普段の拙くて幼い喋り方との落差に眩暈がした。
知らず知らずのうちに腰を打ちつける速度が上がってしまっていたのをぐっと堪える。
ふう、と一息ついて、汗でべっとりと背中に貼り付いたシャツを脱いでベッドの脇に放り捨てた。
「ひ、やぁ、あ、ぁ、それ…っ」
「ここ、気持ちいい?」
「うん、うん…っ!きもちい、」
「…はは、かわい」
特に反応が顕著な性器の先端をくちくちと強めに抉ってやると、くう、と仔犬のような泣き声が漏れた。
真っ赤に蕩けた顔が、きもちいい、きもちいいと譫言のように繰り返す。
快感を逃がそうと小さな頭が弱々しく振られるたび、長い髪がシーツに当たってぱさぱさと音を立てた。
今までずっと一緒にいたはずなのに、初めて見る表情に背筋がぞわりと粟立つ。
「んぁ、あぅ……あ、ぁ、そこ…」
「うしろ、ちょっと感じれるようになってきた?」
「…ん、ぅん……わかんないけど、あんまりくるしくなくなってきたかも…」
「ん、いい子。もうちょっとだけがんばろうな」
揺さぶっているうちに、素直な身体は段々と後ろでも快感を拾えるようになってきたらしい。
いつの間にか前をあまり弄らなくても、ただ突くだけで嬌声をあげるようになっていた。
シーツに投げ出されていた片脚をぐいと抱え上げる。
弛緩しきった身体は様々な体液や潤滑剤で汚れて、随分とあられもない姿になっていたが、コノハはもうされるがままにぼんやりとこちらを見上げるだけだった。
零れた涙と唾液が頬に痕を作っている。半開きの口から覗く舌の赤色がやけに目に残った。
「……はは、顔とろとろじゃん」
とちゅとちゅ、と奥を突き上げるたびに、結合部で泡立った潤滑剤がぷちぷちと弾ける。
すっかり奔放に嬌声を上げるようになったコノハが、縋るように俺の手をきゅっと握った。
まるで宝物のように頬ずりする様子に、腰にずくりと熱が集まる。
意図して煽ったわけではないのだろうが、思わず突き上げる力が強くなった。
細い喉をぐ、と反らせて、コノハが引き攣れるような嬌声を上げる。
「ひ、いぃ…っ!や、やだ、それ、つよい、つよいぃ…!ああぁ、」
「っ、あー…やっばいな、これ…」
「…はぁ、はぁ…っ♡ゃ、やぁ!ねぇ、ちょっとまって、なんか…」
「…ん、イきそ?」
「いく?いくの、これ…?」
なに、こわい、まって、と怯えてぎゅうと抱きついてきたコノハに、これ幸いとシーツとの間に腕を差し入れ、小柄な身体を抱き上げて膝の上に乗せる。
所謂対面座位だが、体勢が変わったことで自重により奥深くまで入り込んだのか、コノハはかひゅ、と息を吸い込んだまま硬直した。
喉からはあ、あ、と意味を成さない声が溢れ、焦点の合わない大きな瞳にはぱちぱちと星が弾けている。
上半身がかくん、と俺の方に力なく折れて、頭が肩にもたれかかってきた。
まずい、飛ばしてしまっただろうか。
「…ごめんな、もうちょっと起きててくれ」
「っうあぁ!?」
細い腰を両手で掴んでゆるゆると突き上げると、だらりと垂れていた腕が慌てたように首に縋りついてきた。
「あ、あああ!やだやだ、まって、ぼく、まってっていったぁ…!」
「止まったらイけないだろ……悪い、俺もちょっと、そろそろ限界…」
ようやく普段の我儘が零れ始めたことに口元が綻ぶが、どうやら聞いてやれそうにない。
ここまで未知の感覚に怯える彼をあやしながら進めてきたが、いい加減にこちらも限界だ。
もともと自分は(元)彼女からも揶揄われたことがあるほど速い方で、ここまで暴発しなかったのはある意味奇跡なのである。
痩せぎすの身体は抱き上げると骨がぶつかって痛いが、体格差があるぶん下から好きに突き上げるならこの方が楽だ。
胸を愛撫しようとすると不安定になりがちなので、女性が相手の時にはあまりしたことがない体位だが、こんな風に感じ入っている表情や息遣いが近くで楽しめるのはいいな、と思う。今度また試そう。
下から腰を打ち付けながら、とぷとぷと引っ切り無しに雫を零す陰茎を扱き上げると、今までの行為で散々に蕩かされていた身体は呆気なく限界を迎えた。
「…っあ、あ、まってそれ、いっしょにするのやだ、や、きもちい……ぁ、〜〜〜〜っ♡♡」
びくん、とひときわ大きく跳ね上がった身体が硬直し、手と腹にぱたぱたと生暖かいものが伝う。
ずいぶんと深く絶頂を迎えたのか、ぐにぐにと激しく内壁が蠢いた。女性のそれとはまた異なる、絡みついて全体を締め上げるような動き。
初めて味わうその感触がそれはもう心地よくて、思わずぐぅ、と喉で低く呻く。
相手は今イったばかりだ、休ませてやらなければ、と頭の中のまだ冷静な部分が警鐘を鳴らすが、またきゅう、と性器を締め上げられてあっという間に理性は掻き消えた。
「あ、あ、ああぁ!!やら、いま、いまいった……!ぁ、とめて、!とめてぇ……!!」
「……ごめん、ごめんな、あと少しだけ、我慢して…!」
同じ男だ。射精した直後に刺激を与えられるのがどれだけ辛いことかは知っていたが、止まれそうになかった。
過ぎた快感に本能的に逃げを打つ身体を両手で掴み、乱暴ともいえる動きで腰を打ちつける。
力加減を忘れた腕ががり、と背中に爪を立てるが、そのぴりぴりとした痛みすらも興奮材料になった。
嬌声というよりもほとんど悲鳴に近い声で泣き叫ぶコノハに心の中で謝る。
「あー……ほんとやべえ、これ…」
男とするの、癖になったらどうしよう。
ぼろぼろと泣きじゃくり、いった、もういったから、と後ろ髪を弱々しく引っ張るコノハを抱き締め、避妊具へと精を吐き出した。
そして、
「………あっ、」
部屋の鍵が開いた音に、俺達はようやく当初の目的を思い出したのだった。
驚いたことに、部屋は連邦のなんてことない集合住宅の一角にあった。
市場や町工場で働く労働者向けの、日当たりが悪く狭い代わりに家賃の安い貸部屋である。
2人で部屋を出た瞬間に扉はひとりでに勢いよく閉まった。
外から見ると何の変哲もないよくある部屋だ。
ぴたりと閉じた扉はノブを引いてもびくともしなかったが、念のために荷物袋に入っていた羊皮紙で「キケン」と貼り紙をしておいた。
共和国の自宅にいたはずの自分達を一体どうやってここまで連れて来たのかはわからない。
転送魔法か、何かしらの抜け道のようなものがあるのか。色々と考えたが、今はとにかく早く家に帰って休もう、という話になった。
ハクロ王子には明日の朝にでも報告に行けばいいだろう。
外はもうとっぷりと日が暮れていた。
通りの労働者や冒険者向けの酒場には明かりが灯っているが、雑貨屋や食料品店の類はみな閉まっていることからそれなりに遅い時間なのだろう。
ほぼ丸一日あの部屋にいたのか、と思うとげんなりした。今日は休みのつもりだったが、明日も休みにしてしまおう。
ふたり、こつこつと石畳を鳴らして牛車の乗合所に向かう。
隣を歩くコノハの足取りがふらふらと覚束ないので、腕を差し出してやると素直にしがみついてきた。
普段からおとなしい奴ではあるが、さすがに疲れきっているのか今は輪をかけておとなしい。
「……おなかすいた、のどもかわいた…」
赤く腫れた目元と、がらがらに掠れた声がなんとも罪悪感を煽る。
わけのわからない部屋に突然閉じ込められた、という点では俺も被害者のはずなのだが。
拗ねたようにぬいぐるみの毛並みに顎を埋める横顔に、ふと先程まで俺の下で泣き喘いでいた表情を見出してしまって慌てて目を逸らした。しばらくは駄目かもしれない。
「帰ったらなんか作ってやるよ」
「あったかいのがいい」
食糧庫の中身を思い浮かべる。ああ、そういえば今日はパイでも焼こうかと思っていたのに。畜生。
「ミルクスープに鶏肉とジャガイモ入れて、食後にはリンゴもつけてやろう」
「…スープにセロリ入れる?」
「今日は入れない」
「えっ、ほんと?」
やったぁ、とコノハが嬉しそうに石畳を跳ねた。
普段なら少食な上に偏食気味の彼のためにあらん限りの野菜を放り込むところだが、今夜くらいは好きなものだけが入ったスープを作ってやってもいいだろう。
ささやかな罪滅ぼしだ。
「あ、じゃあたまねぎもいれないで」
「仕方ねえなあ」
「なんか今日やさしいね?」
「モテる男ってのは抱いた後とびきり優しいもんなの」
身体の関係を持った後に態度を変えるような男は三流だというのが俺の紳士的な持論であるが、それを聞いたコノハはふぅん、と猫のように目を細めた。
何か悪戯を思いついた時にする表情だ。
「さいごのほうはあんまりやさしくなかったけどね」
ぐ、と言葉に詰まる。
確かに最後の方は俺も切羽詰まっていて、止めて止めてと泣く彼にだいぶ無理をさせてしまった覚えがある。
「いや、あれは、その、わ、わるかったよ…」
決まりが悪くてもごもごと口を動かす俺を見て、コノハが眉を下げてくすくすと笑った。
「ぼく、べつにおこってないよ」
「や、でも、初めてなのに無理させたのは本当だし…」
「…あのね、」
シャツの裾を掴んでいた手がふと離れたかと思うと、腕にするりと絡みついてきた。どこか先程までの情事を思わせる動きに肩がぎく、と跳ねる。
通りの酒場から漏れる喧騒が一気に遠ざかったような気がした。
内緒話のような、密やかな声。
「……きもちよかった、から」
まじか。
いつものように茶化そうとして、ぼさぼさの髪の隙間から覗く耳が赤く染まっていることに気づいて、何も言えなくなってしまった。
ぬいぐるみの毛並みに埋められた顔が見たくて、熱を持った頬に手を添わせる。
容易くこちらを向いた瞳は、怯えるような、期待するような色をしていた。
きっと、自分も同じような瞳をしている。
……今晩、いつも通りに同じベッドで眠れるだろうか。