水魚之交


 

 

隣から規則的な寝息が聞こえてきたのを確認して、そっと身を起こした。

 

 

こう見えて夜遅くまで起きているのは得意なのだ。

冒険者になる前、まだ病院にいた頃は眠りたくても上手く眠れなくて苦しんだこともあったが、人生何が役に立つかわからないものだと思う。

 

分厚い毛布を掻き分けて、床に下ろした裸足の爪先が刺すように冷える。

日が暮れてから降り出した雪で、窓の外はすっかり白く染まっていた。明日は積もりたてのふわふわの雪で遊べるかもしれない。

 

暫しの間、月明かりに照らされて薄ぼんやりと輝く庭を眺めていたが、背後から聞こえた布擦れと身動ぎの音におっかなびっくり振り返る。

 

……大丈夫。目を覚ましてはいない、ようだ。

これはいけない。気を引き締めなければと首を振る。サンタクロースの任務は迅速に、正確に行わなければならないのだ。

 

そろそろと身を屈めて、ベッドの下に隠しておいた袋を引っ張り出す。

たくさんのプレゼントでごつごつと膨らんだ袋はずっしりと重たく、口を開けるとすぐに色とりどりの包装紙に包まれた箱やリボン、紙製の造花や雪を模した綿飾りなどが顔を覗かせた。きっと本物のサンタクロースだったら大勢の子供達にひとつずつ配るのだろうが、なんと今日この中身は全てひとりに宛てた贈り物なのである。

 

 

以前に美味しいと言っていたお菓子。

飲み物をたくさん入れられる大きな青いマグカップ。

通りの服屋で見つけた綺麗な赤色のマフラー。

質のいい紙で作られたノートに、硝子製の綺麗なペン。

木彫りの可愛い猫の置き物。

紅茶に詳しい知人から教えてもらった美味しい茶葉に、柑橘の香りがするヘアクリーム。

いっとう上手く描けた似顔絵は丸めてリボンを結んで……本当は手紙も添えたかったのだが、自分からだとバレてしまうので我慢した。

何が書いてあるのか僕にはさっぱりわからない錬金術の分厚い本。

革の手袋にハンカチ、お酒の入ったチョコレート、靴下……他にもたくさん、たくさん。

 

 

ひとつひとつ、袋から出して相棒の枕元に並べていく。

……こうして見るとあまりにも多いので、すこしだけ寝づらいかもしれないな、と思った。まぁ今晩だけだしいいか。

プレゼントの箱や袋の山に埋もれながら眠る相棒の姿を満足げに眺めて、僕はくふくふと笑い声を漏らした。

今日のために、時々渡される雑費(もといお小遣い)をちょっとずつ貯めてきたのだ。

そのほとんどを使い切ってはしまったものの、素敵な贈り物をたくさん用意できた。

 

クリスマスの夜、サンタクロースはいい子にプレゼントを配る。

ならば今年の彼はとっても優しくて、とっても頼りになって、とってもいい子だったから、それはもうたくさんプレゼントをもらうべきなのだ。

うんうん、と頷く。

我ながら筋の通った理屈である。

……これを話した冒険者の知人達は、何故かみな一様に首を傾げていたが。

 

袋を畳んでベッドの下に隠し直してから、再び暖かな布団に潜り込む。

山盛りのプレゼントが邪魔で元の寝ていた位置には戻れなかったので(さすがにちょっと多かったかもしれない) 仕方なく枕は諦め、相棒の脇腹の辺りに頭を擦り付けるようにして目を閉じた。

 

 

ああ、なんて楽しみなんだろう。

明日の朝は、きっと彼の驚いた声で目を覚ますに違いない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寄り添っていた体からくたりと力が抜けたのを確認して、そろそろと瞼を開ける。

 

途端に視界を埋め尽くすのは赤、緑、青、黄色……薄暗い中でもきらきらと輝いて見える、色とりどりのリボンや包装紙。

造花に綿飾り、ひらひらの不織布、モール、ビーズ飾りにスパンコール……

しかしいくらなんでも多すぎるのではないだろうか。

首から上は右も左もぎちぎちに詰まっていて身動きがとれない。

目だけで横を見ると、彼の枕すらも可愛らしい装飾の箱で押し潰されてしまっている。だからこんなに下の方で寝ているのか。

 

プレゼントの山を崩さないようになんとか上体を起こす。

とりあえず寝たふりをしておいて、頃合いを見計らって『サンタクロース』になろうとしたのだが、まんまと先を越されてしまった。

道端で知り合いの冒険者と長々話し込んでいたり、1人で出かけることが増えたり、こちらを見てにこにこ笑っていたかと思えば、今度は妙にそわそわしていたり

何かを企んでいることは薄々わかってはいたが、それがまさか、自分の枕元にプレゼントをてんこ盛りにすることだったとは。

 

(これは……そう、参ったな)

 

咄嗟に寝たふりを続けることができた自分をひっそりと自分で褒める。

俺の腰にしがみついてすやすやと眠っているこの子に、今すぐ熱烈なキスのひとつでも贈ってやりたいくらいには堪らない気持ちだった。

 

腹にうずめられた小さな頭を撫でる。むずがるように擦り寄せられた柔らかな猫っ毛からは、自分と同じ石鹸の香りがした。

この子の冒険者としての実力は、いつも隣にいる自分が誰よりもよく知っている。

きっとその気にさえなれば、大抵の人間や魔物は簡単に殺してしまえる程の力を持っていることも。

けれど今こうして隣で寝息を立てているこの子の、ふにゃふにゃに緩みきった寝顔はずっと昔、初めて出会った子供の頃から少しも変わっていない。

 

うず高く積み上げられた箱の隙間から腕を伸ばして、ヘッドボードの裏に隠しておいたお目当てのものを引っ張り出す。

今年は少し趣向を変えてシンプルなゴールドのピアスにしてみたのだが、安物でも高級品でもない至って普通の品だ。

自分なりに心を込めて選んだつもりではあるが、これひとつではこの贈り物の山とはとても釣り合わないだろう。

どうしたものか。

 

「……まあ、いいか。」

 

小さな箱をプレゼントの山で埋もれたベッドの片隅に放り投げ、ごろりと横になる。

明日は街に出よう。生憎の空模様だが、雪の積もった街並みを散策というのも良いものだ。

本屋もいいし、服屋で冬用の小物も見繕ってやりたい。いつも前を通るたびにショーウィンドウを眩しそうに眺めている、あの玩具屋にも連れて行ってやろう。確か近くの広場で小規模なクリスマスマーケットが開かれていた。一緒に屋台を覗いて、美味そうなものを探して、好きなものを買ってやろう。

 

胸に抱き込んだ身体の暖かさに自然と瞼が重くなってくる。

明日の朝、枕元の山盛りのプレゼントにどんなリアクションをとってやろう。

飛び上がってやろうか、いっそベッドから転がり落ちてやろうか。

 

 

きっと明日は、愉快な一日になる。

得意満面に笑う相棒の顔を想像して、くすくすと笑いながら目を閉じた。