合歓綢繆


 

明日は休日(の予定)で、よく晴れた穏やかな夜。

そんな夜に懇ろな関係の相手から、それも火照った顔でおずおずと袖を引かれた……とくれば、どんなに鈍い童貞でも察して余りあるだろう。

 

 

 

 

こんなものだろうか。

ボトルの蓋を閉じて、濡れそぼった指先を拭う。

 

男を抱く準備も抱かれる準備も、いつの間にかすっかり慣れてしまった。

今夜は自分が「抱かれる側」だ。

 

 

あの奇妙な部屋で子供騙しのようなセックスをした後。どちらからともなく、俺達は肌を重ねるようになった。

恋人になった訳ではない。

俺達の関係はあの日から変わらず友人で、冒険の相棒のままだ。

一緒に歩く、話す、眠る、食べる、戦う。ただそこにひとつ、セックスという行為が加わっただけのこと。

 

初めこそ無知だった身体に性欲を芽生えさせてしまった責任をとらなければ、と意気込んではいたが、もとより性には奔放な自分である。

男を抱くことにもすぐ慣れたし、どうせなら気持ち良くしてやりたいので技術も磨いた。

そうして抱かれる快楽を教え込まれたコノハが、自分から強請ってくるようになるのもまた早かった。

 

女の子を抱く方が好きなのは相変わらずだし、今でも時々酒場で相手を探しては一晩の関係に持ち込むこともある。

けれど、他人に触れられることを怖がる彼が自分にだけは体を許し、快楽に溺れて必死に縋りついてくる様はどうしようもなく劣情を誘うのだ。

お互い気持ちよくなれて、手近なところで溜まった性欲を発散できて、何より気を遣う必要がないのが楽で良い。

 

……程なくして、俺を抱いてみたいと言い出したのはさすがに予想外だったが。

(そして、自分が何故かそれを断らなかったこともまた予想外だった。)

 

 

 

 

 

素っ裸にバスタオルを適当に巻きつけた格好のまま、風呂場を出た。

濡れた髪をおざなりに拭いながらぺたぺたと廊下を歩く。

どうせこれからセックスするのに、わざわざ服を着直すのも億劫だ。

 

可愛い女の子が相手なら、ここでグラス片手に洒落たバスローブでも羽織って登場するところなのだが。

生憎と寝室で待っているのは、好んで俺を抱きたがるような奇特な男である。

 

 

「へいへい、おまたせ」

「おかえり!」

 

寝室に戻ると、ベッドでうつ伏せになって絵本を眺めていたコノハがぱっと体を起こした。

彼のこの幼い子供そのものの仕草に、これからセックスすることへの罪悪感を感じていたのは最初の方だけである。

むしろ最近はちょっと興奮するようになってきた。大丈夫か、俺の性癖。

 

早々にバスタオルを放り捨てられ、裸のままベッドへと引っ張り込まれた。

随分と情熱的なそれに口笛を吹く間もなく、割られた膝の間にいそいそと陣取られる。

 

「…なに、今日は積極的じゃん。」

「んー…?うん、なんかね……まってたら、どきどきしてきちゃってね…」

 

首に両腕が絡められたかと思えば、剥き出しの胸元に猫のように頬擦りされた。

こいつにも人目を気にするという概念が一応はあるのか、外では控えめに裾を掴むか、せいぜい腕や背に少し触れるくらいしかしてこない癖に、2人きりになった途端にこれだ。

ぐる、と無意識に喉が鳴る。

 

「早くやりたくなっちゃった?」

「うん…」

 

こちらを見上げる瞳が潤んでいる。

自覚はなかったようだが、この様子だと相当に溜まっていたらしい。

確かにここ最近はアカシックウェポン作成のために外に出突っ張りで、帰れば2人とも泥のように眠っていたから仕方のないことだ。

彼は普段から鈍感で、加えて臆病なためギリギリまで欲求を溜め込んでしまう節がある。

 

「ね、ね、していいんだよね…?」

「…うん?そう、だな……」

 

誘われた時に珍しく「抱く方がやりたい」そう言われた。

自分も了承したし、勿論そのつもりで準備もしてきた。

が、無防備に甘えてくる姿を見ていると、気持ちが揺らぐのが正直なところだ。

乗り気じゃない訳ではないのだが、もともと抱かれるより抱く方が好みなのである。

 

コノハがもぞもぞと身動ぎする。

飛びついてきた拍子に寝巻きの浴衣が肌蹴て、白い肩口と太腿が露わになっていた。

風呂と寝床で温まったからか、それともこれからする行為への興奮からか。薄らと赤く上気した肌が酷く扇情的だ。

すり、と細い膝を控えめに擦り合わせる仕草に、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

「……なあ、やっぱり、」

 

 

そっちやってもいい?

言いかけた言葉は、最後まで口にできなかった。

頭と背中に伝わる柔らかい感触にああ、押し倒されたんだな、と他人事のように思う。

 

唇が離れる。

何のテクニックもない。濡れた舌も、唾液のひとつすらも交わさない。

ただ唇と唇を合わせただけの拙いそれが、何故だか妙に甘く感じた。

 

 

「やぁだ」

 

キスで言葉を遮るなんて気障ったらしいこと、一体どこで……いや、俺の真似か。

 

俺の腹に乗り上げたコノハをぼんやりと見上げる。

興奮で充血しているのか、淡い桜から蕩けるような薄紅へと色を変えた瞳が俺を見下ろしていた。

普段は仔兎のように無害なナリをしている癖に、こういう時はちゃんと捕食者の顔をするのだ。

彼に抱かれるようになって、初めて知ったことだった。

 

(……これだけ顔立ちが整ってるんだから、普段からこういう表情ができれば引く手数多だろうに。)

 

まぁ、それはそれでなんだか嫌なのだが。

ベッドの傍に置かれたナイトランプの光量が落とされる気配に、俺は観念して目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

女の子と違って、初めから乳首で感じることができる男はそう多くはない。

現にコノハも、俺が触っても特に何も感じていない様子で首を傾げていた。

 

だが、生憎と俺の胸は既にそこそこ開発されており、そこそこの性感帯として機能しているのである。

俺は初めて元カノ(メイジーちゃん・連邦図書館勤務)をちょっとだけ恨んだ。

 

「ねぇ、ここ、すき?」

 

胸を細い指で捏ねられて、腰の奥に緩やかに熱が灯る。

気持ち良いけれど、じくじくと逃げ場なく溜まっていく疼きがもどかしい。

 

「ぼくはここ、あんまりきもちよくなかったけど…」

「…ッん!、ぅ」

 

胸全体を包むように揉み込まれたかと思えば、不意に先端をぴん、と弾かれて項垂れていた首がぐっと反り返った。

背後でくすくすと笑う声に羞恥心が込み上げる。

 

「かわいい、ね」

「っお、まえ、っん、今度めちゃくちゃ開発して、ぜったい乳首で泣かしてやるからな……」

「ふふ、たのしみ」

「くっ、そ………っひ!?あ"、ぅあっ…!」

 

胸を弄られる感覚に身悶えしていたら、不意に挿入されたままだった内壁をぐるりと抉られた。思わず情けない声が飛び出す。

こいつ…同じ場所を刺激しすぎないことで快感に慣れさせないなんて上級テクを一体どこで……いや、これも俺だわ。

心の中で、今後こいつ相手にあまりハードなプレイは避けようと誓った。

この調子だと全部学習されて自分に返ってくる羽目になりそうだ。

…男の潮吹きとか、ちょっと興味あったけど。

 

 

「……っはぁ、…はー、はー、…ふう、…」

「えっとね、すごいかっこうだけど、しんどくない?」

「も、そういうの、言うな、ってぇ……」

 

うつ伏せで腰だけを上げた体勢は、客観的な見え方を考えると言いようがなく羞恥を煽るのだが、お互いに表情が見えにくいのはありがたい。

こいつみたいに正面から気持ち良い、と啼いて縋りつけるほど俺は素直ではないのだ。

 

よく慣らしておいたおかげか、そこそこ体格差があるおかげか。

それとも、俺の体が抱かれることに慣れ始めているのか。痛みも、異物感もほとんどない。

くちくちとナカをゆっくり掻き回されながら、気まぐれに伸ばされた手に背中や胸を愛撫される。

良いところを細い指先でなぞられる度に、あ、あ、とあえかな悲鳴が漏れた。

 

「あ、ぁ、そこ」

「ここ?」

「…っん、そう、そこ…」

 

飲み込みきれなかった唾液がぽたぽたと溢れて、シーツに染みを作る。

確かに気持ちが良すぎるほど良いのだが、後ろだけでイくには俺はまだ経験値が足りない。刺激が重すぎるのだ。

内壁の、腹側にある僅かな膨らみ。一般には前立腺と呼ばれるらしいそこを擦られると、体がびくびくと不随意に跳ねるほどの刺激が全身に走る。

こいつとのセックスは好きだが、抱かれる時のいっそ恐怖を感じる程のこの快感が俺は少し苦手だった。

 

「……ぅ、なぁ、わりぃ、おれ、やっぱ後ろだけじゃむり、かも……」

「やっぱり、いけない?こっち、さわろうか」

「ふぁ、あ、じぶんで、自分でやる、から……」

「…ん、わかった」

 

だからもっと激しくしてくれ、とはさすがに口に出せなかったが、意外に勘の利く友人は汲み取ってくれたらしい。

両手で腰を抱え込まれたかと思うと、今までは緩く揺さぶるだけだった抽送が速く、深くなった。

息が詰まり、ぱちぱちと目の前に火花が散る。

 

「あッ、!あ、あ、そう、もっと、」

「もっと、つよく?」

「ん、ん、う"う"、ぅ……!」

 

無我夢中で喘ぎながら、ぐすぐすと鼻を啜りながら、自ら伸ばした手で前を扱く。

散々高められた身体は早く、早くイきたいと悲鳴を上げていて、俺は前後の2点責めという強すぎる刺激に悶えながら手をめちゃくちゃに動かし続けた。

奥を突かれる度に身を捩り、ひんひんと泣きながら自分の性器を弄る俺をコノハが食い入るように見つめている。

相当情けない姿だと思うが……なにお前、こういう切羽詰まったのが好みなの。茶化す余裕は、今の俺にはない。

 

「…きみって、いつもそんなかんじなの?」

「あ、ぁ、あぅ、い、いつも?」

「ほかのひとと、セックスするとき」

「っは、はあぁ?だれがすきこのんで、っん、他の野郎にケツなんか掘らすかよ……ぁ、ん、ンン…」

「……そっかぁ」

「あ、ちょっ、も、なんなのおまえぇ…」

 

今のやりとりの一体どこが琴線に触れたのか。

コノハはくふふ、と満足げに笑って俺の腰を掴み直した。…胎内の質量が少し増したような気がする。

 

「きもちい、ねぇ」

「あ"、ふぁ、…ア、いく、いきそ……」

「ふふ、あは、きもちい、きもちい…」

 

コノハの囁くような、謳うような声が腰に響く。

どこもかしこも敏感になっていた。自分の髪が背中を伝い落ちる感覚にすら反応してしまって眩暈がする。

腕を突っ張ることすらできなくなって、どさりと上半身ごとシーツに崩れ落ちた。

頬が擦れたら痕が残ってしまう、と茹だった頭でぼんやりと考える。いつの間にか、無意識に腰が揺れていた。

 

「…………ッん、」

「あ、」

 

こちゅ、と奥が柔らかく突かれた瞬間、手のひらがぱたぱたと生暖かく濡れた。

無意識のうちに詰めていた息を細く長く吐き出す。

 

避妊具越しとはいえ、ナカに射精された感覚にぶるりと身を震わせた。

今までも何度か経験したが、敏感な粘膜にじわじわと体液の熱さが緩やかに広がっていく感覚にはいつまで経っても慣れない。

不快な訳ではなく、癖になってしまいそうな酩酊感が恐ろしいのだ。

 

白濁に塗れた手のひらをシーツでおざなりに拭い(どうせこの後まとめて洗濯籠に放り込む) 気怠い体を引きずって振り返ると、コノハが目を丸くしてぱちぱちと瞬きをしていた。

 

「お前、イった…よな?」

「……で、」

「で?」

「……でちゃったぁ…」

 

…どうやら、まだ出すつもりではなかったらしい。

快感に夢中になっていて限界がわからなかったのか、こちらがイった時のナカの刺激に引っ張られたのか。

どうにも締まらない話だが、ふにゃふにゃと気恥ずかしそうに笑った顔はいつものコノハだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

四肢を投げ出したまま乱れた息を整えていると、拙い手つきで避妊具を外したコノハがころんと隣に転がった。

羽織っただけで帯も締められていない浴衣の隙間からは色々と丸見えで、しどけなくシーツに転がる姿を眺めているとちょっと妙な気分になる。

俺は俺で素っ裸に毛布なので人のことはとやかく言えないのだが。

 

「ダーリン、満足した?」

「さいこうだったぜハニー」

「いやん♡嬉し〜い」

「きもちわる」

「うっせ」

 

顔を見合わせて、戯れ合うように肩を叩き合い、けらけらと笑う。

 

「ちょっとは容赦しろよ。腰いてぇ」

「とまんなくなっちゃったの、ごめんね」

「いいよ、お前が楽しめたんなら別に」

 

「ね、おふろはいる…?ぼく、ねちゃいそう…」

 

セックス後の風呂の準備やシーツの交換は、いつも最後に「抱く側」をやった方の役目だ。

不器用なコノハが新しいシーツを掛けるのに四苦八苦している様子は、まるで一生懸命に母親の手伝いをする子供のようで。

俺はいつも、それをソファから眺めているのが好きだった。

が、今はもっと見たいものがある。

 

「……あ、」

 

目を擦りながらベッドを降りようとしたコノハの腕を引く。

余韻がまだ抜けていないのか、ろくに力の入っていない身体は簡単にシーツへと再び転がった。

横向きに倒れこんだ身体に覆い被さり、指先で腰骨をつい、となぞる。

意図を察したらしいコノハがひくんと肩を震わせた。

 

どちらからともなく視線を交わす。

乾きかけた寝室の空気が、再びじとりと熱を帯びる。

 

俺達のセックスはいつも初めこそ役割を決めるが、後は大体なし崩しだ。

1回で満足して眠ることもあれば、役割を交代して2度3度と続けることもある。

…勿論、これから彼をひっくり返して朝まで抱き潰したとしても、何もおかしなことはない。

カーテンの隙間から覗いた月は、まだまだ高い位置にある。

加えて言えば、風呂に入るのも、シーツを洗濯するのも、"全部"終わってから器用な俺がまとめてやった方が効率的だ。

 

「も、もういっかい、するの」

「眠い?」

「ううん、だいじょぶ…」

「……なぁ。じゃあ、次は俺が抱いてもいい?」

 

返事はない。

が、濡れた瞳にとろりと情欲の色が滲むのを見た。

小さな頭が、顔を隠すように俺の胸に埋められる。顎にふわふわの猫っ毛が当たって擽ったい。

 

「ね、」

「ん?」

「いつもより、ちょっとつよくして?」

「……明日の朝、文句言うなよ」

「あは、こわぁい」

「よーし、泣かす」

 

くすくすと笑うコノハを引き剥がし、自分よりも幾分か細い手首をシーツに縫い止める。

 

華奢な喉元に、噛み付くような口付けをした。